貪欲な月曜に。

この真夏の帰宅ラッシュ時に札幌の中心を歩いた。 いつぶりだろうか

すれ違う人の目が貪欲だった

すすきのへ向かう若い女の子達も、振り返り声をかけ惨敗する男も、大人数で広がり歩く大学生達も、コンビニで買ったアイスを食べながら歩く女子校生も、月曜だと言うのに飲みに向かうサラリーマンとOLも。

貪欲で、元気でちゃんと、私よりもずっと。夏を大切に握りしめていた。

私はと言うと珈琲豆を買いにほんの少しの距離を歩いていただけなのだが、そんな私にも今回は珈琲豆欲があり足を進めていたのだと思うと恥ずかしくなる。

正直夏なんてどうでもいいのだ。

そして私にとって、何かを手に入れるために恥を晒すことほど照れることは無いのだ。夏を握りしめ歩く欲望まみれの人々は私は好きではない。

今回の珈琲豆はほんの少しだけ歩いただけなのでノーカンして欲しいのだが、日常の中で私は恥を晒してまで欲しいものなど未だ出会った事がない。

それ程欲がない人間なのである。なんて寂しい。

例えば学校へ行こうよで屋上から告白する者

あんなのとんでもない度胸の持ち主だ。 きっと前世でアンパンマンに愛と勇気と希望を直接受け継がされた者だと思う。とんでもない。

それから好きな俳優に合う為にテレビに依頼を送る者

彼らもなかなかの度胸を持っている。 私だったらそんなこと出来ない。お金を払ってでも這いつくばってでも写真集お渡し会に顔を出し30秒目を見て応援していますと伝えられれば満足なのだ。むしろそれが良い。

ちなみに引退する先輩や職場を去る人に寄せ書きを集める人間も得意ではない。できる限り関係を築かないように過ごしていきたいと思う。 身勝手な人だと思うからだ。

こんな私も寄せ書きを貰ったことがあるが、微量の感謝と同時に恥ずかしさと申し訳なさとあまりの内容の薄さとみんなコピペだと気付いた時には泣けてくるからだ。稀にほとんど話したことないのにも関わらず、めちゃくちゃ文を書いてくれる人がいたがきっとこの人は文を綴るのが好きなんだろう、とだけ感じる。よーくみたら内容は一緒だった。

寄せ書きを集める人間は人望が欲しいだけである。

そう考えると世の中には貪欲な人間が結構な数でいるのかもしれない。恐ろしい。恐ろしいにも程がある。

そんな中こんな事しか考えず歩く私の存在がどれだけ脆く面白くないか。熱量だとどこにも無いため中身はすっからかんで、全てを隠すように眼鏡とマスクで顔面を覆い黒武装で歩く私の透明人間度はこの世界で結構上位ではあると思う。

目立ちたいと思うことは無い。恥ずかしいので。

そんなことを考えながら電車を待っている。 私の前に立つ学生のスマホの画面がうるさい

彼が映し出すTikTokは私には全て広告のようだ。 目を逸らすと電車到着した。早く帰らせて欲しい。

今日はプリンアイスを買って帰るのだ。 プリンアイスに思いを馳せ自転車を漕ぐ私を想像して見てほしい。やはり欲を人間は恥ずかしいものである。

私にとっての欲は食だと気づいた7月の初め。 まずアイス売ってるかな